隣接代数のゼータ関数
本記事は
の6日目の記事です。
この記事では隣接代数と呼ばれる組合せ論的に定義される代数と、そのゼータ関数について解説します。また以前の記事で紹介したゼータ多項式との関係を紹介します。
隣接代数とは
隣接代数は局所有限半順序集合に対して定義される代数です。ここで半順序集合 が局所有限とは、任意の に対して区間
\begin{split} [x, y] = \{ z \in P~|~x \le z \le y \} \end{split}
が有限集合であることを表します。
を局所有限半順序集合とします。このとき関数 であって のとき を満たすものの集合を考えます*1。そのような関数 に対し、その和 を で定めます。また と の畳み込み積(convolution product)を
\begin{split} (f \ast g) (x,y) = \sum_{x \le z \le y} f(x,z) g(z,y) \end{split}
で定めます。ここで が局所有限だったことを思い出すと、この右辺は常に有限和となり、畳み込み積は well-defined です。この和と積で定まる結合代数を の隣接代数(incidence algebra)と呼びます。以下では「 の」を省略して単に隣接代数と呼ぶことにします。
隣接代数のゼータ関数
本題の「隣接代数のゼータ関数」とはこの代数の特定の元のことです。ここでいよいよその定義を述べましょう。
定義1 隣接代数のゼータ関数とは
\begin{split} \zeta(x, y) = \begin{cases} 1, & x \le y \\ 0, & \text{otherwise}
\end{cases} \end{split}
はい、たったこれだけです!「この関数のどこがゼータなんだ?」という声が聞こえてきそうですね。この関数が「ゼータ」と呼ばれる理由は一応ちゃんとあるのですが、それは次の節で述べることにして、その前に隣接代数のほかの大事な元について説明します。
定義2 隣接代数のデルタ関数とは
\begin{split} \delta(x, y) = \begin{cases} 1, & x = y \\ 0, & x \neq y
\end{cases} \end{split}
デルタ関数は隣接代数の単位元です。実際任意の隣接代数の元 に対し
\begin{align} (\delta \ast f) (x,y) &= \sum_{x \le z \le y} \delta(x,z) f(z,y) \\ &= \delta(x,x) f(x,y) \\ &= f(x,y) \end{align}
から であり、また同様に もわかります。
定義3 隣接代数のMöbius関数とは
\begin{split} \mu(x, y) = \begin{cases} 1, & x = y \\ -\sum_{x \le z \lt y} \mu(x,z), & x \lt y \\ 0, & \text{otherwise}
\end{cases} \end{split}
このMöbius関数も整数論で出てくるMöbius関数とちゃんと関係があります(これも次の節で述べます)。次の重要な事実が成り立ちます。
定理4[R] Möbius関数はゼータ関数の逆元である.すなわち
\begin{split} \zeta \ast \mu = \mu \ast \zeta = \delta. \end{split}
定理の証明のため補題を用意します。定義3の式とよく似ているので違いにご注意ください。
補題5 のとき
\begin{split} \mu(x, y) = -\sum_{x \lt z \le y} \mu(z,y). \end{split}
証明 に関する帰納法を用いる.まず ,すなわち のとき
\begin{align} -\sum_{x \lt z \le y} \mu(z,y) &= -\mu(y,y) = -\mu(x,x) \\ &= -\sum_{x \le z \lt y} \mu(x,z) \\ &= \mu(x,y) \end{align}
なので補題は成り立つ.次に とし, に対し, ならば 補題が成り立つ,すなわち と仮定する.このとき
\begin{align} -\sum_{x \lt z \le y} \mu(z,y) &= - \sum_{x \lt z \lt y} \mu(z,y) - \mu(y,y) \\ &= \sum_{x \lt z \lt y} \sum_{z \le w \lt y} \mu(z,w) -\mu(x,x) \qquad \text{(定義3)} \\ &= \sum_{x \lt w \lt y} \sum_{x \lt z \le w} \mu(z,w) -\mu(x,x) \\ &= - \sum_{x \lt w \lt y} \mu(x,w) - \mu(x,x) \qquad \text{(帰}\text{納法の仮定)} \\ &= - \sum_{x \le w \lt y} \mu(x,w) \\ &= \mu(x,y) \qquad \text{(定義3)} \end{align}
より に対しても補題が成立する.証明終
定理4の証明 のときは なので とする.このとき
\begin{align} (\zeta \ast \mu) (x,y) &= \sum_{x \le z \le y} \zeta(x,z)\mu(z,y) \\ &= \sum_{x \le z \le y} \mu(z,y) \end{align}
であり,同様に である.ゆえに定義3と補題5より のときも がしたがう.証明終
Riemannゼータ関数との関係
隣接代数のゼータ関数といわゆる「通常のゼータ」との関連を述べるために、正の自然数の集合に整除関係 によって順序を定めた半順序集合 を考えます。さらに の隣接代数の元 を、任意の に対し を満たすもののみに制限します。このような性質を満たす関数の集合は隣接代数の部分代数をなし、( の)reduced incidence algebra と呼ばれます(被約隣接代数と訳すことにします)。被約隣接代数は を含んでいることがわかります。被約隣接代数の元 について、 の値は のみによって決まることに注意します。すなわち
\begin{split} f(a, b) = \begin{cases} f(1,n), & n := b/a \in D \\ 0, & \text{otherwise} \end{cases} \end{split}
です。特に のときは
\begin{split} \mu(1, n) = \begin{cases} (-1)^r, & n = p_1 p_2 \cdots p_r ~ \text{(相異なる素}\text{数の積)} \\ 0, & \text{otherwise} \end{cases} \end{split}
がわかり、これはまさしく整数論における Möbius 関数 そのものです。
ここで、新たにデルタ関数 を
\begin{split} \delta_n(a, b) = \begin{cases} 1, & b/a=n \\ 0, & \text{otherwise} \end{cases} \end{split}
で定義すると
という級数展開が得られます。また二つのデルタ関数の畳み込み積は
となります。
さて、ここでようやく「通常のゼータ」として、Riemann ゼータ関数 を導入します。一般に、複素数列 に対して で定まる級数を Dirichlet 級数と呼びますが、ここでは級数の収束性を無視して形式的に取り扱います(これを形式的 Dirichlet 級数と呼びます)。形式的 Dirichlet 級数のなす集合に通常の方法で和と積を定義することで可換環の構造を定めます。このとき式 (1),(2) より次が成り立ちます。
証明 と式 (2) より が準同型であることがわかり, が全単射であることは式 (1) よりしたがう.証明終
説明にだいぶ文章量を費やしてしまいましたが、この同型対応 で Riemann ゼータ関数に対応するのが の隣接代数のゼータ関数というわけでした。
定理4・定理6を用いれば、次の等式が直ちにしたがいます。
ゼータ多項式
最後に
で紹介したゼータ多項式(zeta polynomial)との関連について述べます。手短にゼータ多項式の定義を復習すると、 を有限半順序とするとき における長さ の鎖 の数は の多項式となり、これを と書いて のゼータ多項式と呼びます。ゼータ多項式と隣接代数のゼータ関数は次の関係があります。
定理8 有限半順序集合 のゼータ多項式は の隣接代数のゼータ関数 により
\begin{split} Z_P(n) = \sum_{x,y \in P} \zeta^n(x,y) \end{split}
と表せる.
証明 \begin{align} \zeta^n(x,y) &= \sum_{x \le x_1 \le \cdots \le x_{n-1} \le y} \zeta(x,x_1) \cdots \zeta(x_{n-1},y) \\ &= \sum_{x \le x_1 \le \cdots \le x_{n-1} \le y} 1 \\ &= \# \{x = x_0 \le x_1 \le \cdots \le x_n = y\} \end{align}
より
\begin{align} \sum_{x,y \in P} \zeta^n(x,y) &= \# \{x_0 \le x_1 \le \cdots \le x_n\} \\ &= Z_P(n). \end{align}
証明終
参考文献
[R] Rota, Gian-Carlo. "On the foundations of combinatorial theory I. Theory of Möbius functions." Zeitschrift für Wahrscheinlichkeitstheorie und verwandte Gebiete 2.4 (1964): 340-368.
[S] Stanley, Richard P. "Enumerative Combinatorics Volume 1 second edition." Cambridge studies in advanced mathematics (2011).
・Wikipedia記事
・nLab記事